八重山で感染症を考えたとき、頭に浮かぶのはマラリアだ。マラリア原虫をもった蚊が媒介する感染症なので、新型コロナウイルスとは感染の仕方はまったく違うのだが、インスピレーションされたということでご勘弁願いたい。
崎山節や崎山ユンタで謳われる崎山村は、西表島の南西部にあった村で、1755年の創建時のエピソードが歌詞になっている。
崎山節(さきやまぶすぃ)・崎山ユンタ(さきやまゆんた) 1.崎山ゆ新村ゆ立てぃだす 崎山村を、新しい村を、創建したのは 2.なゆぬゆんいきゃぬつにゃんどぅ立てぃだね どんなわけで、いかなる理由で、創建させたのだろうか 3.野浜ふちかにく地ぬゆやんどぅ 野浜口という良港があり、肥沃な砂地の平野があったからだ 4.波照間ぬ下八重山ぬ内から 波照間島の、下八重山(=波照間島)の中から 5.女な百ゆ男な八十賦られ 女100人と男80人が強制移住させられた ※上段の太字が歌詞、下段が意味です。 ※歌詞の意味は師匠から習ったり、調べたりしたものを合わせて、できるだけこなれた日本語になるようにやや意訳しています。参考程度にご覧ください。 |
歌詞はもっと長いのだが、通常はせいぜい5番までしか唄われない。
波照間島から強制移住させられ、村を創建した悲劇を唄っているため、波照間島からの移住者の数を数えているが、文献によって違うものの、創建時の村民数はおよそ290人だという。ところが19世紀後半には人口が急減。1873年に18戸64人、1893年には15戸73人、1897年には13戸72人、1948年に廃村になったときには、5戸25人だったという。人口急減の原因ははっきりしないものの、1893年に西表島を訪れた冒険家・笹森儀助の著書『南島探検』によると、風土病、つまりマラリアだと考えられるそうだ(オンライン公開されている原典にあたったのですが、活字が古すぎて読むのが辛いので、この段落は孫引きです)。
八重山で水が豊富な西表島と石垣島は、米などの穀物の栽培に適しているため、琉球王府が税の増収などを目的に、他島からこの2島に強制移住させて創建させた村がいくつもあり、後に廃村になったところも少なくなく、マラリアによる人口減少が原因と言われている。
マラリアは、伝承によると1530年ごろにオランダ船によって八重山に持ち込まれ、1961年に撲滅されるまで猛威を振るった(とくに戦争中の悲劇は枚挙にいとまがない)。2017年11月1日から26日まで、八重山平和祈念館で開かれた特別展「開拓移民の歴史〜ふる里を手放し、ふる里を造った人たち」の展示パネルで知ったのだが、西表島は全域、石垣島も南部の古い集落がある辺りを除いた9割近くが、かつてはマラリア有病地帯だったのだ。
波照間島から強制移住させられた崎山村の人々が、マラリアを知っていたのかどうか、事前に危険を知らされていたのかどうかはわからない。生まれた島から無理やり引き離され、二度と戻ることはできず、原野を開墾せよと命じられたら、それだけでも悲劇だが、そこがまさかのマラリア有病地帯なのである。
よく唄われる崎山節は「二揚げ」という調子で、高音が多く、間に低音もあって唄うのが難しいのだが、とくに高音に上がっていくところは喉が閉まるようにキリキリと張り詰め(下手なせいでもあるけど)、悲劇性がにじむ。
対する同じ歌詞で唄われる崎山ユンタ。
ユンタは節唄より古い形態の唄で、労働しながら唄われた。つまり崎山ユンタが先にあって、そこから崎山節が作曲された。
労働歌のせいだろうか、わたしの感覚では、崎山ユンタはやけにノリがいい。当時はあれが悲劇っぽいメロディーだったのだろうか。あるいはメロディーはメロディー、歌詞は歌詞で、労働意欲が湧くようにノリノリに唄いながら、恨みつらみを歌詞に載せたのだろうか。この辺り、唄っていてもピンとこないところに、自分と八重山との厳然たる距離を感じるのである。いずれしっくり理解できるようになるといいな。
と、ここまで書いて、喜舎場永珣『八重山民謡誌』を見たところ、崎山ユンタを改作して崎山節を作曲したのは、崎山村を創建時に治めていた役人だそうだ。あれ、じゃあ、崎山節のメロディーはとくに悲劇的でもないのかな。だって強制移住させて働かせてる張本人が作っているのだもの。それとも役人が村民の気持ちになって作ったってこと?
やっぱりまだまだ修行が足りないみたい。
【参考文献】
/石井龍太・北條芳隆・河野裕美「西表島崎山村跡 2015年度現地予備調査報告」東海大学沖縄地域研究センター『西表島研究』2014、pp.32-43
/川平永美著、安渓貴子・安渓遊地編『崎山節のふるさとー西表島の歌と昔話』おきなわ文庫、1990(2012年に電子版で復刻)
/喜舎場永珣『八重山民謡誌』沖縄タイムス社、1967
文献はいずれ「読む八重山」でレビューします!
・コロナ禍に唄いたい ・真栄里節〈コロナ禍に唄いたい1〉 ・与那覇節〈コロナ禍に唄いたい2〉 ・崎山節・崎山ユンタ〈コロナ禍に唄いたい3〉【今回】 |