八重山の歴史と伝統芸能公演「世果報ぬ家造り」を開催・出演しました

2026年7月5日、久我山会館で「八重山の歴史と伝統芸能公演『世果報ぬ家造り』」を開催しました。師匠の研究所を筆頭に九つの研究所で主催しました(八重山古典音楽安室流保存会平良広治研究所・門下八研究所)。わたし自身も主催者の一人として、公演に携わりました。門下研究所の生徒さんたちも含めて30人が出演しました。

今回は、三線教室の発表会ではなく、「八重山の戦争と平和」をテーマにした公演として企画されました。世界各地で戦闘が行われ、また「台湾有事」という言葉を伴って八重山が注目を集めるいまこそ、戦争と平和を考え続けなければいけないという思いからです。

8演目16曲とトークに出演

「トーク 八重山唄と戦世」「独唱 とぅばらーま」「絵本『忘れな石 沖縄・戦争マラリア碑』より一人語り」の3連続、40分超で戦時の八重山を振り返る演目の、最初のトークを担当したほか、全18演目中8演目、16曲を演奏しました。( )内はわたしが担当した楽器・パートです。

  • 舞踊 鷲ぬ鳥節・斉唱 鶴亀節(箏伴奏)
  • 舞踊 赤またー節(箏伴奏)
  • トーク 八重山唄と戦世(話・唄三線)
  • 舞踊 揚古見之浦節(唄三線)
  • 箏曲演奏 地菅攪・くいぬぱな節(箏演奏・箏斉唱)
  • 師範・教師斉唱 たらくじ節・くいがま節(唄三線)
  • 斉唱 八重山育ち(箏伴奏・しょんかね節パート独唱)
  • 世果報ぬ家造りユンタ(唄・囃子・唄三線)

唄付きのトーク

トークの冒頭に、三線を弾きながら「愛の子守唄」を唄いました。坊やをあやしながら、南方に行ったお父さんの帰りを待ち侘びているこの唄の歌詞は、八重山語ではなく、日本語で書かれています。なぜ日本語なのか、というところから、八重山の近現代史をたどり、「方言札」や「戦争マラリア」について語りました。

また、戦争の頃や戦後に唄われた唄として、「愛の子守唄」のほか、「しょんかね節」「いやり節」「とぅばらーま」を挙げ、それぞれの唄にまつわるエピソードを紹介しました。その後の「とぅばらーま」独唱や朗読劇に続く導入を務めました。

「愛の子守唄」は、八重山ではよく知られているものの、古典音楽ではないこともあり、東京で披露される機会はほとんどありません。それを一丁の三線で、立ち弾きで、本公演初の声出しで、独唱とあって、緊張してしまいました。マイクとの距離がうまくとれず、マイクに唄が乗っていなかったようなのですが、続くトークは落ち着いて台本を読み上げました。

生徒さんたちと6人で箏演奏

第2部開幕を飾った箏曲演奏「地菅攪・くいぬぱな節」では、わたしの生徒5人とともに、6人で演奏しました。東京で6面も箏を並べた光景は、ほとんど見られないのではないでしょうか。

生徒さんたちの経歴は、長い人で2年弱、短い人では5ヶ月。音色も美しかったですし、わたしの生徒さんたちは奏法がとても美しいので、きっと見応え・聴き応えがあったと確信しています。

一方、わたしは練習不足がたたって、「くいぬぱな節」で2回、少し弾き間違ってしまいましたが、生徒さんたちがしっかり演奏していたために、難を逃れました。斉奏の心地よさと安心感を、生徒さんとともに分かち合いました。

三線だけの斉唱

ふだんこうした公演で箏や笛を演奏しているメンバーも、三線教師であるために、師範・教師による「たらくじ節・くいがま節」の斉唱では、9人全員が唄三線を務め、伴奏楽器が入りませんでした。

日頃のレッスンでは、唄三線のみの斉唱を聴き慣れていますが、舞台ではあまり見かけません。伴奏楽器が入った華やかさとは一線を画した、むしろ荘厳な雰囲気を湛えた斉唱に参加して、声の厚みに浸ることができました。

箏での小さな独唱・独唱伴奏

「八重山育ち」は2026年に入ってから3回目、3回とも箏で参加しました。1月3月の回と同様に、「しょんかね節」のパートを独唱させていただきました。また、「とぅばらーま」「小浜節」の各独唱パートには、伴奏を弾きました。本公演では独唱伴奏がこの「八重山育ち」内の独唱パートだけでしたので、唄三線・箏・笛が揃った妙味をお届けできる唯一の機会として、緊張しつつも、楽しく演奏できました。

舞台で家を建てる!

差別も戦争もない世界を作る一歩として、家を世界に見立てて、誰もが安心して暮らせる家を、みんなで力を合わせて建てよう。それが本公演に込められたメッセージでした。丸太から柱を作り、藁を打ち、地固めし、家を建てる動きを、「宇根ぬ屋ユンタ」や「松金ユンタ」を唄いながら行いました(わたしはノコギリや木槌などを使う動きではなくて、唄三線担当でした)。みごとに柱を建てて、横断幕に描かれた赤瓦と組み合わされたフィナーレは、達成感がありました。

準備も、本番も、がんばりました

所属する研究所が主催する大掛かりな公演に参加するのは、これが3回目でした。毎回、プログラムの制作など、事前の裏方作業が多く、今回も準備にたくさんの時間を要しました。

でも、友人や家族をはじめ、多くの観覧者から、「戦争のころの八重山について初めて知った」「東京で八重山の唄を学んでいる人がこんなにいるなんて」「いい公演だった」など、たくさんの感想をいただいて、月並みだけれど、がんばってよかったなと思いました。

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