最終回は休めない
全15回連続講座のうち、第12〜14回を泣く泣く休んだのは、沖縄語初級を学びました①でお話ししたとおりです。語学講座なので、復習必須、毎週小テストあり、予習も大事、というものだったのですが、復習・予習をする時間の余裕がなく、小テストを受けても結果は見えていますし、グループワークのある授業では他の受講生の足を引っ張るだけ。というわけで、休む以外の選択肢を失ったのでした。
脱落者のいないまま進んでいる講座で、わたしが唯一の脱落者になるなんてとか、受講料がもったいないとか、そういう小さなプライドもありましたが、最終回だけは休みたくない確固たる理由がわたしにはありました。だから恥を忍んで最終回は参加しました。
最終回は「おもろさうし」についての特別講座だと予告されていたからです。
「おもろさうし」とは
「おもろさうし」とは、琉球王国時代に編纂された、全22巻、歌数1554首(一部に重複あり)の歌集です。
琉球の歌にまつわることを研究する以上、「おもろさうし」を避けては通れないと理解しつつも、古典に一人で切り込んでいくなんて無謀であると、着手しなくても想像がつきます。伊波普猷以来の沖縄学も、「おもろさうし」の解説が中心的役割を果たしてきたぐらいですし。
その概要を、1時間半で、さらっと聞ける機会だったので、見逃すことができなかったのでした。
特別講師の仲原穣氏のお話をうかがって、「おもろさうし」の全体像が少しわかりました。たとえばオモロは歌謡ジャンルの一つであり、神歌を指す名称であること。全22巻のうち、巻1は1531年に成立し、巻2は1613年に成立。編纂年の不明なものもありますが、薩摩による侵攻(1609年)より前に成立しているのは巻1のみ、ということ。琉球の中央のオモロだけでなく、地方のオモロも集めているけれど、宮古、八重山、奄美から蒐集したオモロはないこと、などなど。
この日に学んだなかで、主に八重山唄を考える上で印象的だったことを3つ、記録しておきます。
囃子の存在感
1つめは、囃子について。「おもろさうし」の最初の歌を例に見ます。
巻1−1
あおりやへが節
一聞得大王ぎや
降れて 遊びよわれば
天が下
平らげて ちよわれ
又鳴響む精高子が
又首里杜ぐすく
又真玉杜ぐすく
[現代語訳]名高く霊力豊かな聞得大君が、首里杜ぐすく、真玉杜ぐすくに降り、神遊びをし給うたからには、国王様は天下を安らかに治めてましませ
外間守善校注「おもろさうし(上)」岩波文庫、2000年、p.14
「一」は1番で、「又」は続きのこと。つまり2番、3番、4番です。
一だけ歌詞が長く見えますが、「降れて〜」以降の3行は囃子であって、2番でも「鳴響む精高子が」の後に「降れて〜」から3行が続きます。囃子は繰り返しだから、書かれるときには省略されています(墨や紙幅の節約でしょうか??)。
囃子といってもウリとかヒヤスリのような掛け声ではなくて、歌詞と言ってもいいのではないかという長さであり、意味を持っています。
これがまず、八重山唄と似ていると思いました。八重山唄にも、囃子がしっかりとした意味を持つものがありますし、2番以降はだいたい省略されて書かれていません。たとえば「鶴亀節」。
鶴亀節
1 川平村上なか 弥勒世ば給られ ツィルカミヌマイアスィブ
2 昔世ば給られ 神ぬ世ば給られ
3 川平主ぬおうりから ゆぬ村やあらんだら
4 川平主ぬ御蔭ん 主ぬ前ぬ美ぶぎん
玉代勢長傳編『八重山歌声楽譜付工工四全巻』(1989)pp.15-16
囃子を漢字を交えて表記すれば「鶴亀ぬ舞い遊ぶ」。囃子は2番以降は表記が省略されています。囃子が意味を持ち、唄のタイトルになる言葉が含まれているにもかかわらず、歌詞ではなく囃子となっています。
似てるといえば、八重山唄にもたまに「又」が出てきます。1番と2番、3番と4番が対句になっているときに、2番や4番の冒頭の歌詞が「又」で始まることがあります。「おもろさうし」では「又」は歌詞ではなさそうですが、接続詞の「又」を用いて物語が続いていることが示されるのは興味深いです。
あと、巻1-1に限らず「鳴響む」がよく出てきます。日本語でも万葉集や古今集で使われる古語で、「響む」と書きます。八重山唄ではもっぱらひらがなで、かつ受け身で「とぅゆまれ」として出てきます。八重山では尊敬を加味して同じ語が使われているのが、おもしろいと思いました。
対語・対句が標準
巻1−1では、1番「聞得大王ぎや」と2番「鳴響む精高子が」、3番「首里杜ぐすく」と4番「真玉杜ぐすく」が、わかりやすい対句です。講義ではその他の事例も紹介され、対語・対句が多用されていることを知りました。
八重山の唄にも対句はとても多いです。「鶴亀節」では、2番の「昔世ば給られ」と「神ぬ世ば給られ」、4番の「川平主ぬ御蔭ん」と「主ぬ前ぬ美ぶぎん」は対句です。
対句については、こちらのエッセイでも触れています。
土地を誉める意味
巻2、7など10巻分は、琉球各地のオモロを集めた「地方オモロ」と分類されるものです。地方オモロは、水がきれいといったその土地の様子が謳われるものもありますが、多くはその土地の領主(按司や地方神女)を称揚しています。またその土地土地に立ちながら琉球の王を讃えるオモロもあります。土地や領主を誉めているオモロも、間接的に琉球の王を讃えていると解釈されるそうです。
この、土地や領主を誉めつつ、琉球王を讃える「地方オモロ」のあり方を学びながら、八重山にも村自慢の唄や村を治める役人を持ち上げる唄が非常に多いことを思い返していました。
唄の形式や織り込まれる言葉にさまざまな共通性があることを思うと、土地を誉め、役人を誉めながら、琉球の王を讃えるスタイルが、八重山に影響しなかったとは考えられないのではないでしょうか。
先に引用した「鶴亀節」も、石垣島の川平村の平安を寿ぎ、それをもたらした川平の役人を称揚していますが、歌詞には表れていないものの、間接的に琉球王を讃えていると思われます。
歌詞の解明、なるか
この講義以来、外間守善校注『おもろさうし』上・下、岩波文庫をちらちらと見ているのですが、ちらちらと八重山と同じ言い回しが出てきて面白いです。オモロの構造をもう少し理解すると、八重山唄の歌詞で不思議に感じていた部分の理解も進むような気がしてきました。
初級沖縄語講座の最終回を受けてよかったです!