コロナ禍でリモートほにゃららは世間で広く行われるものになったが、わたしが箏を始めた2018年には、リモートレッスンなんて洒落臭い名前はなかった。通信教育とでも言おうか。
ごくたまに、電話で通話することはあったが、姉弟子とのやりとりはLINEのテキストが中心で、ビデオ通話したこともなかった。ちょうどよく箏と手元を写しつつビデオ通話ができたとしても、微妙な時差ができてしまうので、同時に演奏することはできない。合奏をしながら、先生の技を見て聞いて会得する対面レッスンを、通信機器を使って再現することはできないのである。
だから、ある程度、ステップアップしたなと思ったところで、演奏しているところを動画に収め、姉弟子にLINEに添付して送り、テキストや動画で助言を返していただく、という往復が基本形になった。
一般的な対面レッスンは、週1〜2回のようだが、動画を撮影するには、背景が見苦しくないように部屋をそれなりに片付け、家の照明だけでは暗いので夜は避けて日中に、となると、自ずと日程が限られてしまう。月に1回、多くて2回撮れればいいほうだ。
動画と、ここがうまく弾けないという質問をテキストでお送りし、姉弟子からのお返事を待つ。このレッスンではしばしばあることだが、自分ができていないと思っているところとは違う部分も、問題があると指摘される。ご指導の回数が少ない分、一つの短い動画に映ったあらゆるところがご指導の対象となる。総じて質問数よりも、ダメ出しのほうが多い。
だから、いつもなら弾ける部分をミスしたような動画をお送りしたら、そのミスに対する指摘をいただくことになり、双方の無駄になるだろうと思うと、ノーミスの演奏が撮れるまで撮影がやめられなくなる。しかし修行の途上だから、ノーミスで弾ける率はかなり低く、毎度毎度、1曲につきテイク20ぐらいまで撮る羽目になる。今日こそは撮るぞと気合を入れて臨んでも、今日も撮れなかったと意気消沈して終わることすらあるのだ。
やっとの思いで撮れたその時々で最上のノーミス動画をお送りし、お返事はたっぷりの指摘。渾身の動画に対して、たくさんのダメ出しをシャワーのように浴びても挫けない心が、リモートレッスンで最も育まれるものかもしれない。