箏を迎えるにあたって部屋を片付けている最中に、姉弟子が箏に先んじて爪3つを送ってくださった。長方形の短辺の片側が半円になっていて、見た目には人の親指の爪が大きくなった感じ。爪には爪輪というものを付けて指に装着するのだという。「箏が届いたらすぐに練習を始められるように、爪に爪輪を付けておいて」「和楽器屋だったらどこに頼んでも大丈夫」「和の箏と爪の形は違うけれど、爪輪の付け方は同じ」と姉弟子から連絡があった。
はて、和楽器屋ねぇ。
近くにあるかどうかどころか、近所だろうとどこだろうと、和楽器屋に入ったことがなかった。和楽器とは無縁に生きてきて、三線を始めてからも三線屋にしか行ったことがなかった。ネットで調べると、近所にないことはないが、Webサイトがある店はほとんどなく、いきなり電話して、「和の箏とは違う爪のようですが爪輪(?)というものがあると聞いているのですが、爪だけ手元にありまして、その爪輪というものを付けなくてはいけなくて、そちらで爪輪を付けてもらえるものでしょうか」と交渉するなんて、口下手なわたしにはわりとハードルが高い。
逡巡している間に、姉弟子から追加の連絡があった。わたしの住まいのほど近くにあるらしい和楽器屋の情報だった。Webサイトもあって、しっかりしたお店のようだ。なんとありがたい情報!
ただ、店舗は山梨県にある本店だけで、わたしの近所の支店は無店舗型。職人さんが出張して和楽器のメンテナンスをしてくださるという事業所だった。
近所のよしみできっと話を聞いてくださるだろうと、しどろもどろ電話してみた。二つ返事で引き受けてくださった。無店舗型のため、我が家に来ていただくか、外でお会いするか、だ。箏が到着しているなら、職人さんに見ていただくこともできるが、そうでもないのに、一度も会ったことのない男性をうちにお呼びすることもできず、座ってそこそこの時間を過ごせる場所ということで約束したのは、うちから自転車で10分のマクドナルドだった。
職人さんも自転車で来られた。お互い自宅から自転車に乗ってマクドナルドで待ち合わせるとは、中学生カップルみたいだ。と思いつつ、コーヒーを頼んで席へ。
爪輪は、指の太さに合わせて1号、2号、3号……とサイズがあり、それぞれ親指用、人差指用、中指用の3つがセットになっている。だが、もしかしたら、わたしが号ごとの組み合わせではフィットしないイレギュラーな指の太さの持ち主かもしれないと職人さんは心配して、どんな組み合わせにもできるように、さまざまなサイズの爪輪を多めに準備してくださっていた。たいへんご親切。
そして、まじまじと爪を見ておっしゃった。「山田流と生田流の、どっちの爪輪がいいんでしょうか」
まったくわからない。姉弟子からも何も言われていないし、良きようにしてください、としか言えないわたし。
職人さんはやや幅広い山田流に決めた。爪は中古で、以前使っていた人の爪輪の跡がうっすら残っていた。それを見る限り山田流の爪輪が合いそうだったのだ。
爪輪の色も尋ねられたが、こちらもまったくわからない。職人さんは困り顔をしながら、「爪輪は付け替えることもできるので」と白いものを選んだ。
爪輪は革製で、内側に和紙が仕込んである。爪は象牙。和紙部分にボンドを塗って取り付けて、乾けば完成。
職人さんは琉球・八重山の独特の爪の形に興味津々で、また箏そのものについても矢継ぎ早に質問されたのだが、何一つ答えられないまま、たどたどしい会話をしつつ、持ち運べる程度にボンドが乾くのを待った。
結局、山田流の爪輪でよかったのだが、八重山では爪輪は黒色とされているため、3ヶ月後に爪輪は付け直しになった。再び自転車に乗ってマクドナルドで落ち合い、その際は箏を習い始めていたので、職人さんの質問にも少しは答えられるようになっていた。