初めて箏を弾いた日から2ヶ月後、八重山に豊年祭がやってきた。もともと豊年祭の前後に体験レッスンをするはずだったのが、入門後初の対面レッスンとなった。次の対面レッスンは2ヶ月半後のコンクールの前日だから、ここである程度、形にしておかなければならないという緊張感がみなぎる。
わたしは暗譜に時間がかかるほうなので、悠長にしていたらコンクールに間に合わないと思い、コンクール新人賞の課題曲全4曲を暗譜してから、初の対面レッスンに臨んだ。
師匠は初稽古にして暗譜してきたことに驚き、コンクールまでしっかり練習すれば新人賞は大丈夫でしょうと背中を押してくださった。ここまで2ヶ月、まるで弾けないところから手取り足取り、リモートで教えてくださった姉弟子には、感謝しきれない。
コンクール新人賞の課題曲は、箏独奏の「二段」が必須、唄いながら弾く「鷲ぬ鳥節」「鶴亀節」「鳩間節」から1曲が本番2週間前に決まり、計2曲を演奏する。
唄ものの3曲は、三線の新人賞の課題曲と同じであり、つまり唄はわかっているので、弾ければ大丈夫と言いたいところだが、そう簡単な話でもない。まず箏は三線より技法がはるかに多い。三線は唄に対して、主旋律を間引いたような演奏をすることが多いため、唄と連動させるように弾いていく。それに対して箏は、三線の休符のときに音を入れたり、三線と合奏すると華やぐ飾りのような音が入ったり、ときに合弾(1オクターブの和音)が入ったりする。主旋律と違う音も多く、なかなか覚えづらく忘れやすいのである。
そして問題の「二段」。八重山の曲ではなく、琉球古典の箏曲の曲なのだ。八重山箏曲の教本には掲載されてもいない。「一段」から「七段」まであるうちの、「二段」が新人賞の、「四段」が優秀賞の、「六段」が最高賞の課題曲になっている。段を追うごとに曲が長くなり、難易度が上がり、さまざまな技法が組み込まれ、メロディが複雑になっていく。「二段」はピアノでいうところの「バイエル」のような、入門者に必要な技がつまった1曲だ。
唄ものはコンクールでは歌唱するものの、元来、八重山の箏は、唄三線の伴奏楽器であり、伴奏のときは唄わない。八重山の箏の教本には、三線の教本と同じ曲が掲載されていて、つまり伴奏が前提の楽譜なのである。
しかし伴奏を正しいリズムで、正しい技法で弾きこなすには、技法の上達のために成立したような段もので鍛えなければいけない。ということなのか、どうなのか、本当のところはよくわからないけれど、コンクールには段ものが含まれていて、唄ものよりも演奏がはるかに難しい。
そんなこんなで懸命に練習をしていたら、それまではまれにしか発生していなかった腰痛に、常時悩まされるようになった。ピアノを習っていた小学生の時分、「手や腕が疲れたり痛くなったりするのは、正しい姿勢で弾いてなくて、余計な力が入っているから」などとさんざん怒られた。楽器は違えど、正しく弾いていたら、体のどこもつらかったり疲れたりしないはず。じゃあ、腰が痛いということは、姿勢が変なのか??
悩みは、コンクールの前日の対面レッスン時、師匠の前で晴れた。
「あれ、箏の下に、膝の先を入れてないの!? それじゃ、腕を伸ばすと腰が反って、腰が痛くならないのー?」
箏の下に膝の先が入るものなんですね……。
わりと足が太いほうのわたしの膝は、箏の下にまったく入っていなかった。いや、正規の鳥居台を使って膝が入る人は、小柄でよほど痩せた人だけではなかろうか。あるいは背が高く、腕が長ければ、膝が入らなくても問題ないのかもしれない。
原因がわかったのはよかった。でも、きっと常時対面レッスンだったら、もっと早く解明していたはずだ。固定カメラの動画では、そんなところまでは映らない。日頃はリモートレッスンに頼らざるをえないけれど、対面レッスンを年間計画に埋め込まなくては、と決意した瞬間だった。
※膝問題。本番ではしかたなく腰痛覚悟で弾いているが、家で練習する際は、鳥居台の下に板を敷いて上げ底しています。
八重山箏はじめ(終)